包丁談義2

「鍛冶屋研ぎ」と「直ぐ使い(本研ぎ)」

鍛冶屋研ぎの特徴

それですか、100円。

え、そんなに買ってきたの。
まぁいいや。どれでもいいんだけども。
よくね、持って来る人はね、これをよく持ってくるよ。
どっちでも同じだけども。

これ、ヘンケルじゃん。

で、これがね。
「鍛冶屋研ぎ」の特徴なんですよ。
先端だけ研いでるでしょ。先端だけ。

で、これだと切れるのは切れるんだけど、切れ味が悪い。

ある程度刃の形に研いで、止め刃にしてやった方が切れ味は全然違う。
この鋭角な刃に対して鈍角に刃を付けてるわけ。
そしたら、食い込みがいいんだけども刃こぼれがしにくい。


「鍛冶屋研ぎ」と「直ぐ使い」

だから、ある程度切れる状態にしてる、いわゆる「直ぐ使い」(すぐつかい:建築用語)という研ぎ方ではないんですよ。

直ぐ使いってのは、この包丁の角度に合わせて研いだ包丁のことを直ぐ使いっていうんだけど。

それは鍛冶屋研ぎっていうか、そういう研ぎ方。
それは典型的な研ぎ方ね。これなんかもそうでしょ。
サンプルとしてはいいよね。

こうやって研いでもらうと愛着わきますね。

いいでしょ。
そこなんですよ。

結局ね。100均で買ってきて切れなくなって、また100均行って買ったほうが研ぎ代払うより安いじゃんっていう人もいるわけ。

だからそれは、その人の価値観だから、こちら側はなんとも言えないんですよ。
その人はそれでよしとしているわけだから。

でも、昨日もそば切り包丁、「お父さんが使ってたそば切り包丁研いでください」って年配のご婦人が持ってきてくれたんだけど、やっぱり物ってね。
愛着もって使ってると、ほんとに手に馴染むって言うかさ。
全然違ってくるんだよね。
物に対する思いが。

だから、そこらあたりなんだよね。
結局、利便性を取るか、物に対する愛着を取るか。
で、「研ぎ」って使えば使うだけ手に馴染んでくるっていうのがあるからね。

それはもう、全然違うことですよ。

角度もその包丁なりに合わせる角度で研いでいくと、最初研ぎきれなかった・・・全体的に研いでんだけど、研ぎきれなかった部分を次に少しずつ少しずつ馴染むような感じで研いでいくといい状態になるわけね。

だからそういうこと言って納得してくれるお客さんにはそういう研ぎ方をしてサービスをするべきだけど、いや、そうじゃないんだっていうお客さんも中にはいるからね。
なんとも言えないですよ。

経済的なことを考えたら、確かにそうだよね。
切れなくなったら100円で売ってる。
1000円も研ぎ代出してさぁ。
100円で売ってんだから。


研ぎ忠 岡田忠志 その物の立場はどうなっちゃうの?

じゃあ、捨てた包丁はどうなるかってことですよ。結局は。
使うために生産されて、結局捨てられるっていう事になると、その物の立場はどうなっちゃうの?ってこと。
そういうとこ考えるよね。

自分なんか。本当にいい物を買ってね、長く使ったほうが愛着も出るし、手にも馴染むしね。
じゃないかと思うけどね。
なんともいえませんよ。それは。
選ぶのはお客さんのほうだから。

世の中のもの全てそうですよ。
安くても間に合えばいいやっていう、そういう風潮が蔓延しているわけでしょ。
だからね、それを、「いや。それは違うんですよ」とは言えないわけじゃない。ね。

しかも、料理そこまで一所懸命作らないでしょ。

あー。もう、そうなんですよ。結局ね。

昔みたいに家族単位で何世代も一緒に同居するって、そういう家族がいなくなったでしょ。
もう、核家族で、しかも共働きで、食事する時間もばらばらだし。
全てがそういう方向に向いてしまっているっていうか。

だから、これはもう包丁研ぎだけの問題ではないんだよね。
物はあふれでても、本当に豊かな社会なのかっていうと、それは問われる部分だよね。
問われる部分。ほんっとに。

自分なんかはお客さんと繋がりは、包丁を切れるようにするっていうだけなんだけども、そういう行為を通じてさ。
社会的な繋がりって言うか、影響力っていうか、そういうのを考えられるんですね。

だから、こういう行為を通じて社会を見ていけるんだけど、何の業界でもそうだと思うよ。

どういう業界でもね。そういう社会状況とか見えてくるっていうかさ。
行為は行為としてそこにあるわけだけど、その行為を通じて何が見たいか、何が見えるか、そういうとこなんだよね。

研ぎ忠 岡田忠志 物はあふれでても、本当に豊かな社会なのか



満足に研ぎ上げられるようになるには10年

研ぎ忠 岡田忠志 包丁談義

じゃあ、新しい包丁の使用前使用後お見せしましょう。
はい使用前使用後。

はい。これで出来上がりました。
バリバリですよ。

これ、元々はよく切れたんですよね。

よく切れるよ。
それ正広だよ。正広の割り込みだよ。
切れないわけないよ。
ま、飛びぬけていいというわけでもないけど、中の上ですよ。

サイズ的にも、ちょうど使いやすい。

鍛冶屋研ぎの特徴

そう。使いやすい。
だから、家庭用の包丁としてはこういう、特に女性が使うわけだから、こういう割り込み刃

こう見てこことここ、色が違うでしょ。
ここ、先の鋼とこの地金の部分が色が違うでしょ。

ね、鋼は少ししかない。
地金はいっぱいあって、研ぐにはすごい研ぎやすいっていうか、それでしかも先が鋼だから、よく切れる。
って、こういうタイプのこれがネオステンレスって書いてあるんだけれども、こういう特殊合金の包丁が最近多くなってきたよね。

ま、家庭で使うにはこういう包丁が一番使いやすいんですよね。

手入れも楽ですよね。

そうそうそう。
しかも、ステンレス合金だから錆びない。

錆びないし、軽いし。

そうそうそう。
さ、新しい包丁いきます。



で、まずね。角度が違うんです。
これの角度は極端にみると、合わせてみるとこのぐらいなんですよ。
角度的にこのくらいの角度。

じゃなくて、もうちょっと寝かせていきます。その方がこの包丁の角度にとって切れる角度になるんで。

たいていこういう包丁は皮むきに使うから、刃先がちゃんと尖ってないと使いにくいですよね。

切れるんだけど鈍角だから切れ味が悪い。
切れるよ。どんな包丁でも包丁の形してれば切れる。

だけどやっぱりそのものの持ち味ってかさ、そのものの特質を引き出してやるような研ぎ方っていうか。
うん。そういう研ぎ方をしないと本当ではないなって。

だから薄刃のこの包丁の角度というのは、この形のここが、大体この角度なんですよ。
それに合わせて研いでってやるわけね。
そうすると、もうちょっとすると分かると思うけど。

これに合わせて研げば理想的

角度ってこれに合わせて研げば一番理想的なんだけど、でもそれをやってしまうと刃が欠けやすくなる。

だから、刃が欠けない程度に、素材に合うような角度というのがやっぱり長年の経験でこれはこの角度だなっていうのが分かるわけ。
で、それに合わせて研いであげるわけ。




頭で考えるよりも手がね、自然にそういう風に頭と連動しているっていうか、研ぐ場合は持った瞬間に、ここ(指先)にコンピューターがあるんだよ。
はははははは。

ここにコンピューターがあって、それに合うように手が自然に動いていくって言うかさ。

この包丁ならこの研ぎ方以外は考えなくていい、他の事をやる必要がないっていうことなんですか。

ここ(指先)にコンピューターがあるんだよ。

うん。だから、その一番ベストな切れ味を引き出してあげるって言うか。
もう自分の手がそうインプットされちゃってるわけ。
それが何度ですかって言っても分かんないんだよね。
そういうもんですよ。

なるほどね。
それはちょっとすぐには身につかないですね。

そう。だから俗に言う、満足に研ぎ上げられるようになるには10年とか20年って言うんだけど、やっぱり、それはそれなりの経験積まないと、手がね。
頭で考えちゃダメなんですよ。
感覚的にもう手がそういう風に研いでいくっていうかね。

文化包丁専門だったらそれなりに研げるようになるんですかね。

うん。だから、それはもう場数ですよ。
それに適した角度を自分で見つければ、後はそれで研いでいけばいいだけの話だから。
これぐらい角度が違うんですよ。
これだと分かりやすい。一本の包丁だけど、これは「鍛冶屋研ぎ」でしょ。
こっちは刃の角度に合わせた研ぎ方。

だから、これはこっからもうこの辺りから刃全体に研いでるでしょ。
で、こっちは先だけ研いでいるでしょ。ここだけ。

だからこれだと、本来の切れ味が出ない。
これはね。だからこの包丁の特質を出す角度ってのが大体これくらいの角度っていうかね。
って、もってった方が切れやすい。
そういうもん。

よし。では反対側いきます。




「ハマグリ刃」は切れ味がすぐ落ちる

研ぎ忠 岡田忠志 包丁談義

研いでいる人で「ハマグリ刃」を推奨する人がいますけれども・・・

うん。「ハマグリ刃」っていうのは理屈があってね。

研ぐと刃こぼれがしにくい。
まず、使ってるときに刃こぼれがしにくいってのがあるんですよ。
それから食材を切り分けた時に、食材がくっつかないで離れるって言うそういう利点があるわけ。

だけど、その切れ味っていうところからいくとハマグリ刃にすると、あまりにもこう極端にきゅーとこう丸くなっている状態が「ハマグリ刃」という状態だから。

で、自分の研いでいるのは鋭角にして先だけちょっと鈍角にしてやる。
そういうのを「止め刃」って言うんだけど。
そういうのでやってると、切れ味はよくて刃こぼれはしにくいっていう矛盾する2つを合わせているっていうかね。
そういう研ぎ方なんですよ。

一番ベストな研ぎ方なんですね。

ベストな研ぎ方。
そう、それをまあやってるわけね。

ハマグリ刃っていうのは、刃こぼれはしづらくて食材の切った時の身離れはいいんだけど、今度は切れ味がすぐ落ちるって言うのはあるね。
結局、先が鈍角になってるからその分だけ鋭さがすぐに落ちてきて、切った時の感覚は、切れないな。っていう感覚なの。

で、自分なんかは鋭角にして先だけ止め刃にしてやると切れ味の落ちるのも知らないうちに「あれっ」っていう風な感覚で、切れなくなって行った時に気がついたら一年経ったと。

で、1年に1回持ってくるお客さんもいると。
そういうことなんですよ。

確かにハマグリ刃にしちゃうと先が潰れるのが早いかもしれないですね。

先が潰れちゃうと、また研ぎ直さなきゃいけないでしょ。
で、止め刃にする場合は、刃の角度に合わせて先端だけちょっとこう、刃を立てて、ちょっとだけ鈍角にしてあげる。
そうすると刃こぼれがしにくい。

で、なおかつその刃の形のベストな状態で鋭角に研いでいるから切れ味が落ちない。


そういう研ぎ方でやってるから、本当に1年に1回持ってくるお客さんいますよ。
本当の話。

しかも、エコなんですね。先だけ研げばいいんだから。

そうそうそうそう。
最初だけね、お客さんが持ってきた時に、やっぱり、前にどっかで出して研いでもらってっていう研ぎ癖がついてるから、それを研ぎやすい形に直すっていう作業がちょっと必要なんだけど。

それをクリアして2回目からは本とに研ぐのは楽っていうかなぁ。
一回そういう風に直してるから。


あまりにもこう見てて、これがこうなってるとか、刃先だけ丸まった研ぎ方を前に研いだ人がして、こういう風にしないと切れないって感じの包丁もあるわけ。

だからそれはね、この形っていうのは自然に、こう降りていくってこういう形になってるから、それと、こう引いてきた時に生理的に腕が上がるからこういう形の方がいいんですよ。

例えばこれが何か食材だとしますよね。
そうすると最初こう、その時こうなっちゃうでしょ。
腕がこう上がるから。
こう上がっちゃうから。

だから、その形っていうのは極端に丸くなっても駄目。

で、そうじゃなくて、真っ直ぐでも駄目。
真っ直ぐだと今度ね。こう来た時に、これが真っ直ぐだとするじゃないですか、仮に、こう直線だとするじゃないですか。

そうすると、こう引き際に自然に行くのが、ここ(刃先)が突っ掛かってしまう。
だから、まな板をやたら傷つけてしまって刃先が傷みやすいんですよ。
真っ直ぐにしたらいいようなもんだけど。

やっぱりこういう形はこういう形がいいっていう理屈があるんですよ。
うん。これはこれでね。

あ、手切っちゃったんですか。

手が砥石ですれた

いや、これ擦れるんですよ。
砥石ですれちゃう。

結構過酷ですよね。

過酷じゃないんだけど、知らない間にね、どうしても指まで研いじゃうんです。
だから、この間みたいにイベントで二十丁以上研ぐと皮がめくれてるよね。

それはしょうがない。
一丁、二丁の問題じゃないから。

包丁研ぎはゴム手しちゃダメなんですかやっぱり 。

いくら手が擦れて血が出てもテープ巻いたりなんかしたらね、邪道って言うのはおかしいけど、感覚が分かんないんだよね。感覚が。

さて、じゃ仕上げです。
仕上げていきます。




こういう安いのは先端だけ電気で焼き入れしてる。

研ぎ忠 岡田忠志 包丁談義

100均の出刃。
焼きが入ってるかどうかもわからないですよね。

先端だけ焼き入れてるんですよ。
焼入れしないと使えない。ナマクラで。
だから普通の焼きっていうのは焼いて、焼き戻しっていうのするんだけど、多分ね、焼入れだけ、電気焼入れだけしたやつなんですよ。

焼き戻しをすると今度多少硬いもの当たっても、曲がったりとか折れたりはしないんだけど、焼き戻ししてないと硬いだけになっちゃうから、何か硬いものに当たると今度、刃こぼれしやすくなっちゃう。
そうそう、割れちゃう。そういうのもあるんで。

そういうのって、どういうところを見ればわかるんですか。

焼き入れ焼き戻しは、鍛造品だとそうしないと長く使えない。
そういうのは鍛造技術の中にあるんだけど、こういう安いのは、電気で焼き入れしてるの。

火じゃないんですね。

火でやらないで電気で焼き入れしてる。
しかも焼戻ししてないから今度は硬いものなんかに当たると曲がったりとか折れたりとかね。
そういうのがある。

100均の包丁は文化包丁のほうをやってもらったほうがいいかな。
こっちは出刃っていっても、嘘だもの。

出刃っていうか、これは片刃なんですよ。
片刃。
で、これは両刃でしょ。

一応。刃の付け方が違ってるんですね。

出刃っていうか、これは片刃なんですよ

そうそうそう。
で、これはこれで片刃になってるんです。
だけど、片刃でもこっち、返しが付いてるでしょ。

だから本当の片刃ではないんです。
本当の片刃っていうのは 片方は刃を付けるけど、片方はまっ平らじゃないと切れないんですよ。
こっちは刃がついてる、こっちも少し返しで刃付けてるでしょ。

でもバリを取るのにしょうがないんじゃないですか。

いや、バリ取るんじゃなくて、バリが出ても、バリが収まるような研ぎ方をすればいいんですよ。

こんなにやっちゃやり過ぎなんですね。

それではやり過ぎ。
やり過ぎなんですね。

こんなの出刃とは言わんと。

これは出刃とは言わないね。
出刃っぽいなーみたいな。
出刃と言われればなぁみたいな。
そういうもんですよ。

持った感じ出刃じゃないですよね。

そう。刃の厚みだってこれと同じ。
一応両刃なのか、片刃なのか、っていう違いなだけの話でさ。

それ、出刃って書いてないでしょ。

いや書いてあります。
出刃だったら値段が2倍(200円)でもいいから厚みも2倍にして欲しいですよね。
でも、2倍にしても切れないのかな。

切れないものは切れない。
なんにしても切れないものは切れない 。

次はこれ研ぎましょう。
よし。




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